其の六 「自分の感情を体感させること その2」


 
皆さんこんにちは、古賀です。
少々私ごとなんですが、先日愛用車のパジェロが突然動かなくなってしまいました。かなり気に入っていたので寂しいかぎりです。
実は、古賀塾の開塾も近づいているのでもう少し大きめの車があれば子供たちをたくさん乗せられるな、なんて邪な考えをもったのがいけなかったのでしょうか? だからパジェロがぐずっちゃった・・・(笑)。
ま、車のことはいいんですけど、自分の心に少しでも隙があると、その隙が原因で必ずなにか現象が起きるものだ、ということを私は長年の柔道人生から学んできました。
心の隙とは恐ろしいものです。

 今回の「自分の感情を体験させること」では指導者の心の隙が子供たちにあたえる影響に関して触れさせていただいております。この影響はかなり大切なことなので、指導者の方であれば是非とも参考にしていただきたいところです。
それでは今回の連載に入らせていただきます。
よろしくお願い致します。

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 逆に指導者が目標を持たず、甘やかすだけの場合は常に指導者の顔色を見ながら稽古をしたり、なかには「先生が見てなきゃ手を抜いてしまえ」という場合もあった。
子供は最初からそういう「嘘」「手抜き」のズルさを持っているわけではない。知らず知らずのうちに指導者のいい加減さを知ってしまうのだと思う。子供の時分からこの手抜き、嘘を覚えてしまったら、なんのために指導者がいるのかわからない。

手を抜いてしまう子供たちは、どんなことでも一生懸命やるという訓練が指導者からなされていないのだ。これは「目標を持ってやる」という環境のなかで訓練していかなければ育たないものだと思う。指導者の目的意識の差が、子供たちの心の大きな差になってしまうのだ。
もちろん「エンジョイ柔道」という考え方もあるかもしれない。
護身術のひとつとして、また単に身体を動かす運動であればいいという考え方だ。だが、自分の場合は、この柔道からいろいろなことを教えてもらったという経験がある。ゆえに、柔道を楽しむにしても、一生懸命やるから楽しさがあると考えている。

柔道は格闘技であり、勝負の世界だ。その時点をたとえ子供であってもしっかりわかっておかないとすべてにおいて中途半端になってくると思う。
「あんまり厳しくするとねえ、練習に来なくなるから」
という答えが返ってくることが多かった。
これは、あまりにも悲しい答えだと思った。ある意味で教える前から子供たちの可能性を否定している部分がある。

(続く)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 1月31日)


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