其の十二 「運をどう考えるか その2」


  皆さんこんにちは、古賀です。

4月1日より、古賀塾スタート致しました。お蔭様で、120名あまりの塾生達が集まって来てくれました。
いろいろなタイプの塾生達と共に、人間育成をテーマに頑張って行きます。塾生の中から、一人でも多く世界で活躍できる柔道家を育てていきたいと思います。

世界で活躍するためには心、技、体、の他に運も大きく関係してきます。
ではいったいどのようにしたら運を呼び込むことができるのか・・・?
 
そろそろ先週の続きに入りたいと思います。
 
よろしくお願い致します。

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 人間は誰もが、最後の最後、自分の力が及ばなくなったときには信仰心のない人でも神頼みをすることが多い。いわゆる苦しいときの神頼み、と言われるものだ。

自分も小学生の頃から神社の石段を上ったり、境内でトレーニングをすることが多かったので、練習が終わったときには、神社で手を合わせることが多かった。

だが、これは神頼みというよりも、自分の練習でその場を借りたお礼を、そのときに心のなかで唱えていた。礼儀としての拝礼だったと思う。手を合わせ、礼をすることで、不思議と精神が落ち着くことを子供の頃から感じていた。今も神社の境内を借りてトレーニングした後は必ず手を合わせることにしている。

だが、残念ながらこれで自分に運がついたと感じたことはない。負けたときに、すべてを運のせいにしてしまえば、それで終わってしまう。負けたからこそ、「自分には何が足りなかったのか」と考えてみるべきなのだ。逆に勝ったときこそ「運が自分に見方してくれた」と思い、その後も運を引き出すために最大限の努力を続けるべきであろう。

厳しい言い方をすれば、負けたことを運のせいにしてしまった段階で、その人間の成長はなくなると考えるべきだろう。

(終)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 4月30日)


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