其の二十 「子供時代」

 
こんにちわ。古賀です。
暑中お見舞い申し上げます。夏ですね〜、夏。

古賀塾でもこの前スイカ割をしたり、丸刈り大会(笑)を開いたり、ホント、そんな季節になってきましたね。古賀塾もこの後、小6〜中3までの合宿があったり、古賀塾内での大会「第一回古賀塾杯」が行われたり、塾生達には充実した夏休みにして欲しいと思います。

今回は、私の子供時代について書いてみようと思います。意外な子供時代ですよ、きっと。みなさんの想像のつかないような・・・。

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  今からは想像できないと思うが、私は非常に病弱な子供だった。気管支が弱く、年中病院通い。ちょっとのことですぐ熱を出し、寝込んでしまうような子供だった。

 両親としても二人目は女の子が欲しいという希望があり、男の子でありながら非常に甘やかされ可愛がられて育ったと思う。
 逆に二歳年上の兄は近所でも有名な腕白坊主で、寝込んでいる布団のなかから、母親に怒られながら兄が逃げている姿をいつもぼんやりと見ていたように思う。だが、行動的で何にでも挑む兄にはある種の憧れを抱き、いつも後について遊んでいた。
 そんな私が柔道を始めたキッカケは、いつも一緒に遊んでいた近所の子供達が先に柔道を習い始めたという単純なものだった。

 兄と私、そして近所の友だち四、五人でいつも遊んでいたのだが、自転車で15分から20分ぐらい行ったところにあった町の道場に彼らが咲きに入門したのだ。
 夕方いつものように遊んでいると、その友だちたちが「じゃ、俺達は柔道があるから」と帰ってしまう。そうなると私と兄だけがその場に取り残される感じとなった。

 自分たちも柔道を始めればもっとその友だちと一緒にいられる、遊んでいられる。
「練習が始まるまではみんな遊んでるって、じゃあ俺達も道場へ行って遊ぼうか」
という単純な遊び感覚だったと思う。

 本来なら親の考えで体が弱いから強くするためにとか、子供からの希望であればサッカーや野球のようにカッコイイ選手に憧れて、または、ある種の地域性としてそのスポーツが盛んなので、習い始めるというのはあるだろう。

 だが、私の場合はまったく違うキッカケだったのだ。
 早速、兄弟揃って父に「柔道を習いたい」と申し出た。「真面目に取り組むなら」という条件つきで兄と私は道場に通い始めたのだ。
 今になって思うことだが、動機はなんであれ、『人間は何かを始めれば刈らず何かが起きる』ものだと思う。


(つづく)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 8月29日)


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