其の二十四 「勝負への精神力」

 みなさん、こんにちは、古賀です。

秋は稽古、トレーニングに限らず、何かと積極的に取り組めますし、快適にできますよね。もちろん、食べ物もおいしいですよね!

しかし!私は、と言うと、10月は右田、坂川等の古賀塾コーチ陣との減量対決(!)があったため、ゲッソリ!と言うのは言い過ぎですが、現役時代の最後の方の体重くらいにはなりましたかね…。今は開放され、秋の味覚満喫です!

さて、今回は私の著書にも『精神力』『勝負魂』と言うのがあるように、何故それら「精神力」「勝負魂」が身についたか、お話したいと思います。

'90年に、-71kg級の私が、階級が無差別対決である全日本選手権に挑み、体重が100kg以上ある相手ばかりを倒しましたが、決勝で小川直也選手に負けてしまいました。周囲は「小さな古賀がここまで来て十分」「小川が相手だったら仕方ないよ」と言う声が大半でしたが、私の中では違いました。「勝負に対して一瞬の油断が敗北につながる」と言うのが、私の心理状態でした。

私が何故そのような心構えをするようになったのか、今回の文章に少しそのヒントを書いてみました。

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 勝負に対して小学生時代は負けるのは嫌だという漠然とした気持ちしか持っていなかったように思う。だが、その当時は相手がどんなに格上でも練習で負けて当然とは考えなかった。

気持ちのなかでは常に互角。今考えるとおかしなぐらいに互角だと考えていた。
 その時代から私は強いと思われている人と練習するのが好きだった。勝って当たり前の相手と戦うよりも、挑戦するからこそやり甲斐を感じていたのだ。

まず、基本的に人一倍負けず嫌いな性格だったこと。もちろん、相手との格が全然違えば、それだけ投げられることも多い。だが、たとえ一〇〇回投げられても、あきらめずに自分が一回でも投げ返せれば、自分のなかでは成長を感じる一瞬だ。そして、相手にとっては悔しい一瞬でもある。すると相手はより一層気持ちを強めて、テクニックをさらに駆使して真剣にかかってくる。

またぽんぽん投げられる。だが、そのなかでもう一回投げ返す。そうやって相手がむきになればなるほど自分としては練習になったし、喜びと成長とを感じていた。

結局、26年間現役で柔道をやってきて、小学校時代そして中学・高校時代の6年間が一番ハングリーで怖いもの知らずで強い者とやることを喜びに感じていた時代だった。

ある意味、勝負への取り組み方、精神力の原点はこの時代に培ったものなのかもしれない。

(つづく)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 11月17日)


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