其の二十六 「恩師・吉村先生と出会い」


 古賀です。みなさん、年末年始は忙しくやっていらっしゃるのでしょうか?

古賀塾では、年末年始は、稽古納め、初稽古はもちろん、古賀塾内での大会、第三回古賀塾杯争奪最強親父大会と何かとイベントごとが多く充実した日々です。

さて、こうした充実した日々が迎えられると言うのも、何よりも私がお世話になっている人々と出会いがあるからと言えると思います。充実した日々も、塾生一人一人、そして親御さんとの出会いがあり、そこから学び、共に成長していく目標があるからこそです。(塾生との事については、私が今回書いたコーチコラムにも書いてありますので、ご覧下さい!)

私が古賀塾の塾生達との出会いがあったように、そして亮子がオリックスの谷選手と言う大事なパートナーとの出会いがあったように(笑)、私にも私の柔道選手としての可能性を大きくしてくれた師匠との出会いがありました。今回はその師匠、吉村和郎先生との出会いについて触れたいと思います。

そんな師匠とのエピソードを今回は綴ってみました。

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 私が学舎に入ったときには実際に子どもに教える師範がいない時期だった。
直前までは東京オリンピック中量級で優勝した岡野功氏が指導者であった。だが、私が入舎した年に辞められ、当初は学舎の門下生として出入りしていた警察官や大学生などが子供たちの指導に当たっていた。

地獄のような厳しさを覚悟していただけに、逆に最初は戸惑ってしまった。
が、約2ヵ月間の空白の後、6月に岡野先生の関係で吉村和郎先生が正式にコーチに就任した。
ある日、道場でいつものように練習をしていると、全身から殺気を漲らせている大柄な男性が入ってきた。

「今度から指導にあたる吉村先生だ」
と紹介されたのだが、その場にいた生徒全員が、その迫力に圧倒されてしまった。
先生は当時20歳代後半で、警視庁所属の柔道選手としても活躍しつつも、既に現役最後の時期の頃であった。

吉村先生を知る人は「怖い人」「厳しい人」と言う。だが、子供の頃、私が受けた先生の印象は「厳しいけれど優しい人」だった。確かに練習の内容は一気に厳しいものになった。

入門してすぐの子どもは誰もが一度は先生から厳しく稽古をつけてもらう。
小学校を卒業したばかりの子どもでも容赦なく投げ、時には絞め技を使って『落とす』ようなことさえもする。ほとんどの子供たちは初めての苦しさ、恐怖感から泣き喚いたりしていた。

自分ももちろん、その厳しい稽古を経験した。だが、もはや柔道とは言えないような暴れ方で徹底的に抵抗した。そのときは必死で覚えていないのだが、先生の顔をつかみ、顔を引っかいたりして逃げ続けたそうだ。そして最後まで『参った』をしなかった。

だが、この吉村先生と出会わなければ、はたしてオリンピック金メダルまで続いていたかとも思う。

現在もよく思う事だが、私は実にいいタイミングで、最高のいい人物と出会ってこれたと感じている。自分にとって最大の運のよさとは、この人との出会いであったと感じる。

それでは、皆様良いお年を!

(つづく)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 1月15日)


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