其の二十八 「妥協しない事の意味」


 こんにちは、古賀です。この前新年になったと思っていたら、もう一年の12分の1が経ってしまいましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

古賀塾では、子供達の成長が目に見えて、充実しております。去年、道場が始まった頃に比べ、最近は試合、大会等を経験したり、より自分に厳しい稽古をしていく事によって、皆、「人にやらされる稽古」と言うより「自分で取り組む稽古」なってきました。それぞれがようやく自分の目標に取り組むようになってきたと思います。ここで大事なのは、自分に妥協しない事。目標を持ったら、あとはいかに決心するかが勝負を決め、自分の中の敵「妥協」と言うものを発生させない事です。

今回は、妥協をしない事、「あきらめからは決して何も生まれない」と言う事を教えてくれた講道学舎でのエピソードです。

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  毎日ただ強くなりたい、負けたくない、それだけしか考えていなかったように思う。
 講道学舎の練習は常に勝負する心境でいなければやり遂げられない厳しさがあった。

 恐らくクラブ活動の練習であれば、多少手を抜いたり、多少の甘さがあっても見逃してもらえる雰囲気があるのだろう。だが、私の兄も練習中に同級生に投げられただけで悔しがっていて便所で泣くような世界だった。私もまた、ちょっと投げられただけでも悔しさが爆発する。

 これは、指導者であった吉村先生の指導、影響が大きかったように思う。

 吉村先生から教わったことは大きく分けて二つある。
 一つが「絶対に妥協するな」ということ。普段からこの言葉をいつも言われていた。そして、もう一つが「勝負は勝つためにやれ」ということ。
 その当時は「妥協するな」ということだけしか頭に入っていなかったが、今になって思えば練習であれ試合であれ、相手が年上であろうと、体が大きくて強かろうと、そういうものは関係ない。結局、柔道衣を着て相手と組み合う以上は、常に勝負である、その勝負に甘えや妥協は許されないということだと思う。

 相手が誰であっても勝つために勝負をしろ、という教えだった。
 普段の練習からちょっと妥協の入った練習をすると非常に怒られた。
 よく出稽古に連れて行ってもらったのだが、相手は警察のトップ選手や、警察の機動隊、あるいは柔道の強豪大学だった。

 中学生、高校生であった私たちは、津念に格上の相手と練習をしていたことになる。

 だが、そういう相手であっても妥協する気持ち−「年上なのだから負けても仕方がない」という気持ちが少しでも見えたときは非常に怒られた。

 これは、何のために自分は柔道をやっているのか、なんで厳しい練習をしているのか、それを自覚することを教えられたのだと思う。

 妥協するなということは、諦めてしまったらすべてが終わりなのだ、ということだ。

 事実、自分経験でも妥協しないことによって必ずチャンスが生まれてくるし、妥協しないことで、仮に結果として負けたにしても、次はどうすれば自分が成功するか、そういう前向きな考え方が出てくる。

(つづく)

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 2月15日)


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