其の三十二 「兄との対決」

 皆さん、こんにちわ!古賀稔彦です。
すっかり春ですね。花見行きましたか?古賀塾ではこの前、花はありませんでしたが、BBQをやりました。しかし、まだまだ寒い時は寒いですよね。皆さんも風邪を引かないように、ご注意ください。

前回は、私の師匠の一人、兄・元博に鍛えてもらったエピソードでしたが、今回はその兄貴との対決についてです。とにかく勝ちにいきました。勝つ事しか考えませんでした。

それでは。

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 そんな兄とは私が高校三年の秋、当時大学二年だった兄と対戦した経験がある。

 舞台は東京都新人体重別柔道選手権大会決勝戦−。自分も高校タイトルを制覇していたが、既に兄は大学一年で正力杯国際学生大会71キロ級で世界を相手にして優勝していた。

 かつて技を伝授してもらった兄と戦うというよりも、既に相手が誰であっても「勝つ」と言う心境だった。ただ、自分の憧れであった兄と純粋に勝負してみたかった。 試合は互いに同じような技の攻防で進んでいった。私の柔道は兄から教わったようなものだったので、まるで鏡と戦っているような気さえした。

 中盤までポイントがなく、3分過ぎ、私が技を出すが決まらずそのまま寝技に持ち込んだ。その攻防の末、自分は兄の腕を取り十字固めに入っていた。これは相手の関節を決める技で相手の腕を折るような形となる技だ。技に入る瞬間、かすかな戸惑いも感じたのだが、本能的に私は技を仕掛けていた。

 必死に技をはずそうともがく兄を、私は懸命に押さえつけ、兄が『参った』をして、結果的に私は勝利した。

 この兄弟対決はマスコミからも注目されており、試合後にはコメントを求められている。

 「勝てると思っていました」
と私は答えている。もっと兄弟愛に満ちた美談的なコメントをマスコミとしては期待していたのかもしれない。だが、自分のなかでは、親兄弟であろうと勝負になったら全力でぶつかる、妥協しない、とこの頃から思っていた。

 その後、兄とはその時の試合については話す事もなかった。兄からその試合の感想を聞いたのは随分と後のことだった。「まさか柔道を教えた俺の腕を決めてくるとはなぁ」

 だが、ここで兄と全力で戦えずにいたら、私は勝負に徹することができなくなっていただろう。尊敬する相手だからこそ、妥協せず、全力でぶつかっていけたのだと思う。その後、兄から教わった背負い投げの練習がなければ、弟といえども甘えを許さなかった兄の指導がなければ、私の柔道人生は変わっていただろう。

 大学を卒業後、教員となり九州へ戻った兄だが、大きな大会のときは常に私の応援団となって駆けつけてくれる存在だった。子供の頃は恐ろしくて感じていた兄の大きな声であったが、応援席から聞こえる時には「絶対に勝つ」という強い気持ちになれる力をくれる声だった。



『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 4月30日)




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