其の三十三 「指導者への道」

 みなさん、こんにちは。古賀稔彦です。

先日の女子に続き、男子も昨日の激戦で決着がつき(鈴木選手の執念、凄かったですね)、いよいよアテネの代表が出揃いましたね。私も今後、それに伴い合宿、合宿、合宿です。

私もアテネに向けて、選手とともに戦い、より良い環境を整え、いいアドバイスができればと思っているのですが、ここで改めて、私が選手の夢を後押しする立場の指導者になったきっかけ、想いをお話させて頂きます。

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 引退することを自分の中で決めたとき、今後は勝負の舞台に立てないこと、あの独特の緊張感を体験できないことに寂しさを覚えた。不思議なもので柔道を始めてから今まで「柔道が楽しい」と思ったことは実はあまりない。

 ただ「柔道が好きだ」という気持ちは常にあった。大会に出てここで自分が勝てばうちのチームの勝ちだ、そういう緊張する場面が特に好きだった。言うなれば勝負師の性格だったのだろう。

 結局この感情は「楽しい」とは違う次元のものだと思う。あくまでも「好きだ」という感覚しかない。
もっと極端に言うなら柔道が好き、というよりもあの勝負に挑むときの気持ちや、相手に、そして自分に勝ったときの言い知れぬ快感が好きだったのだと思う。

その感覚から離れてしまうことに寂しさを感じたのだ。
だが、考え方を変えれば、その勝負の緊張感は別の次元でも体験できるのではと思った。

 引退後、全日本女子柔道のコーチという話を頂き、2000年11月に正式に全日本女子強化コーチに就任した。昔の自分と同じ夢を目指す選手たちに少しでもいい形でアドバイスできないか、一緒に夢を追いかけていけるのではないか、と思った。そして、私も選手と同じ気持ちでその勝負の場面に立ちたいと、思っている。

 私はまだ指導者としての経験が浅い。
だが、中学・高校の恩師である吉村和郎先生が全日本女子柔道の監督であり、その下で今度は指導者修行のスタートが切れたことは幸運だと感じている。恩師から今度は指導者としてのあり方、心構えを学んでいけるからだ。選手にとってよりよい環境を作ってやることが、まず第一に大切だろう。

そして、常々思うのは、自分がもし、吉村先生の指導を受けていなかったらどうなっていたか、ということだ。柔道はやってたにしても、ここまで一途にのめり込むことも、結果、成績を残すこともなかっただろう。

 出会った指導者により、人の人生は大きく変わる、と感じている。将来的に伸びる逸材であっても、よき指導者にめぐり合わなければ成功の道はないのではないだろうか。


『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 5月17日)




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