其の三十九 「強制することのマイナス」

 こんにちわ、古賀です。アテネから戻り、一ヶ月近く経とうとしていますが、色々な方々から御祝いのお言葉を頂き、大変光栄です。おかげさまで、この秋は色々なところから講演の講師としてお声をかけて頂き、全国を行脚する事になりそうです。

さて、私は、00年に現役の選手としては引退し、指導者としての道を歩き始めました。人の勝ちが嬉しかったり、負けが悔しかったり、そう言った「人の夢の後押し」をする事に快感を覚え今日に至ったわけですが、今回のアテネ五輪をきっかけに、やはり指導者としての喜びを改めて確認しまして、日々の古賀塾での指導にも益々熱が入るばかりです!自分が関わった選手の成長は嬉しいものです!

今回の一直線は、日本のスポーツシーンで良く見られる「強制」についてです。やはり、人から言われた目標、及びそれに対する行動ではなく、自ら課したモノでないと意味がないですし、やりがいがないですよね?

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 柔道に限らず、スポーツを指導する立場の人間は、練習などに厳しい人が多いだろう。

その指導者から「今から三時間練習をやりなさい」と練習時間を指定して言われれば、指導される側は三時間の練習をやることとなる。一見すれば、非常に密度の高い練習のように思えるのだが、その背景には「しないと怒られる」「先生に言われたから」−だから三時間しなきゃいけない、と思っている部分があるだろう。指導者は選手たちにこう考えさせてしまったら失敗だ。

 ほとんどの人間が自分の持っている力に関しては実は把握しているものだ。自分の体力は大体これくらいだから、最初から全力を出すと三時間持たない、と計算をしてしまう場合が多い。

 そうすると少し手を抜きながら、力を出し惜しみしながら、とにかく三時間だけは自分の力を継続させようという考えで練習をやるようになる。
 つまり、言われたことだけやればいい、と思ってしまうのだ。こうなると自分の力の限界をいつまで経っても知ることができない。

『精神力』(角川書店)より抜粋

(次回更新 9月30日)


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