其の六十八 「希望の光」


先月、私のもとに一通のメールが届きました。
東日本大地震によって被災地となりながらも
町道場を再開し、頑張っている子供たちに「希望の光」をくださいと言った内容でした。

私は以前から、今回の震災で被害に遭われた方たちに対して
“自分に出来ることは何か”と考えていました。
そこで、私は5月15日に古賀塾江口先生と、
IPU環太平洋大学の柔道部の教え子で、
今年から岩手県で教員として採用された片桐夏海先生と共に、
メールを頂いた岩手県大船渡市へ行って来ました。

大船渡市は、以前古賀塾の指導員だった内海先生の地元でもあり、
今回、内海先生とそのご家族にもご協力を頂き、
一ノ関から車で90分かけて現地へ向かいました。
途中、大地震によって津波の被害が大きかった陸前高田市を目の当りにし、言葉を失いました。
テレビでは見ていましたが、実際に自分の目で見た時に本当にこれが日本なのかと茫然としました。
何もかもが破壊され、多くの家や車などが瓦礫の山となっていました。
その中で、今もなお見つかっていない行方不明の方々を探す人たちや、
喪服姿で悲しみをあらわにされている方を見て、私は頭の中が真っ白になりました。

破壊された街を見ながら、私の心の中に一つの疑問が沸いてきました。
“こんなにひどく被災してしまった所に私が来たところで、一体何が出来るのだろうか?”
“柔道が何の役に立つのだろうか?”とボランティアの方々と話しました。
“私の柔道で「希望の光」など見えるのだろうか?”
そんな不安と心配を持ちながら大船渡市へ入りました。

柔道教室の場所として高台にある大船渡高等学校の柔道場をお借りしました。
車を降り柔道場へ入ると、そこには沢山の保護者の方々と
50名あまりの小学生から中学生のちびっこ柔道家がきれいに整列し、
大きな拍手と笑顔で私たちを受け入れてくれました。
私の不安は一気に無くなり、胸の奥の奥から熱い熱いパワーが溢れ出てきました。
元気を出してもらいたいと思っていた私が逆に元気をもらい、
みんなのおかげで気合い満々の古賀稔彦へと変身出来ました。

子供たちの目がキラキラと輝く中、技の指導や団体戦の試合で盛り上がり、
そして最後にみんなと一緒に乱取り稽古をしました。
約3時間あまりの内容でしたが、あっという間に時間が過ぎていきました。
子供たちが笑顔で元気に頑張っている姿に私や地元の先生方、そして保護者の方々が
声を出して笑ったり、応援したりと普段の生活では当たり前のような光景がとても輝いて見えました。
当日参加いただいた皆さんの中には
心に深い悲しみを抱え、今もなおご苦労されておられる方々がいらっしゃったことでしょう。
しかし、子供たちの笑顔が大人たちを元気にしてくれました。

私は、みなさんの前で話をさせて頂き、
嘉納治五郎先生の残された言葉にある「精力善用」「自他共栄」を伝えさせてもらいました。
今の日本だからこそ、一人一人が一つ一つ実行しなければならない言葉だと伝えさせて頂きました。
私は以前から自分自身に「何かをすれば必ず何かが起きる」
そう思い、生きてきました。まさにそれを実感出来た瞬間でした。

被災された方々の眼差しは子供の笑顔によってすでに未来を見つめています。
今の私たちに出来ること、それは共に手と手をつなぎ合い、
これからの未来に向けて一歩一歩前進して行くことです。
我々の責任は未来の子供たちに素晴らしい日本をプレゼントする事です。
そのためにも厳しく苦しい状況ではありますが、
何とか日本・世界と心を一つに乗り越え、必ず復興していきましょう。
さぁ〜いざ復興に向け歩いて行きましょう。

この度ご協力を頂いた大船渡市のみなさん、
そして子供たちのプレゼントにご支援頂いた
大塚製薬様・アサヒフーズ様・株SIBORI様に心より感謝申し上げます。

さぁ〜いざ希望の光に向けて出発です


●古賀塾NEWS 「5月15日・被災地での柔道教室」


2011年6月1日
古賀 稔彦




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